Cobalt's Movie Log

映画鑑賞の感想など

映画「ドライブ・マイ・カー」を鑑賞

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これもいい映画だったので、感動を忘れないうちに感想を書いておこうと思う。

 

3時間という長い映画だったけれど、時間を忘れて観ることができて、とてもいい映画だった。

 

でも実はこの映画のことは、ゴールデン・グローブ賞を受賞した、というニュースで初めて知った程度であった。そして主演が西島秀俊と聞いたときには、とても観る気がしなかった。私は昔から西島秀俊という役者を好きではないのだ。何を演じても西島秀俊にしか見えないのに、女性人気だけで役をもらいすぎなイケメンというところが気に食わなかったからである。彼はキムタクと同じ種類の役者であり、モテ男のアイコンであり、役者としては上手くないと思っていた。

 

それなのに急に映画を観に行く気になったのは、原作が村上春樹であったからだ。村上春樹の小説は、ほとんど読んでいるので、私はハルキストといえるだろう。しかしこの映画の原作本だけは、何故か見逃していた。短編集というのもあって、チェックし忘れていたみたいだ。ハルキストとしては失格である。したがって、ニュースでこの映画の原作について知ったすぐ後に、近所の本屋へ急いで行って本を買い速攻で読んだ。

 

小説は、いつもの村上春樹の小説よりも、セックス話のでてくる割合が多く、、いい年して村上春樹は何故セックスの話ばかり書くのだろうか、色ボケしてるだろうか、などと最初のほうはうんざりした。しかし読み進めていくと、さすがは村上春樹である。単なるエロ小説ではなく、村上春樹の小説が持つ観念的な心地よさ(私は村上ワールドと呼んでいる)が展開されていて、読書体験としてよかった。

 

面白かったので、その週末に映画を観に行こうと思ったのである。また、この小説をどうやって映画化したのか、ということにも興味があった。

 

しかし、映画は単に村上ワールドを映像化するだけではなく、それよりも映画の作品性(脚本、役者の演技、撮影等)に素晴らしいものがあったので、とても感心した。良かったところは、たくさんあって、いくつでも述べることが出来るが、特に印象深かったのは次のシーンである。

 

車の中で岡田将生が西島秀俊に、西島の奥さんから聞いた話を語る。このシーンは役者のセリフだけでつくられていて、話の内容は映像化されていない。映画は、「出来事を映像化して説明する」という表現方法である。観客にイメージを見せるという表現こそが映画という表現手段の優位性である。しかし、ここではあえて話を映像化せず、役者がセリフで語るだけである。

 

とても大胆な演出だと思った。映画にこんな手法があるのか、と驚きもした。岡田将生も、その語っている内容は聞いた話であり、現実かどうかわからない。聞いている西島秀俊にもわからない。観客にもわからない。映像がないことにより、演者と観客のそのわからないがシンクロしてゆく。本当の出来事なのか、知りたい、という感情が重なり、そのことで、観客が映画に引き込まれていくのである。

 

しかも、その話は奥さんはセックスした後でしかしない、ということが事前に観客に伝えられているので、西島秀俊が、浮気相手である岡田将生から愛する妻の寝物語を聞いている、どんな顔をして聞いているのか、という切なさも存在している。

 

そうした感情の揺らぎや観客の想像力を刺激しながら、観客を映画に引き込み、観客の心理をコントロールする演出に、私はとても感心した。そうした演出の工夫は、いたるところで見受けられ、映画を観ている時間が、娯楽ではなく芸術作品を味わっているような時間に変わっていた。

 

ただし、これは監督が観客を信用しているから出来る手法である。普通の映画では、イマジネーションを自分で作り出せない愚かで想像力のない観客のために、わかりやすく映像をつくる。しかし本好きの人は、文章を読みながら頭でイメージを組み立てるのだ。観客を信じて、監督はこの演出にしたのだろう。これは監督の素晴らしい英断である。

 

この映画が単調で面白くないという人は、たぶん本を読まない人で、映画は頭を空っぽにして楽しみたい人なのだろう。全ての人に楽しめる映画ではないと思うが、全ての人に楽しめるようにつくろうとした映画は面白くない。

 

他にもよいところはたくさんあるが、役者の演技が素晴らしかった。西島秀俊の悪口を冒頭で書いてしまったが、この映画における彼の存在はかなり大きかった。彼の役は、彼自身のキャラにものすごくマッチしていた。西島秀俊は役者馬鹿であり、とても真面目に演技にとりくむ人であり、プライドも高い。それがわかるから、どの役を演じても、同じように見えるのだと思う。キムタクもそんな感じ。そしてその真面目さこそが、この映画の主人公にものすごくはまっていたのだと思う。もともと持っていたキャラが役にはぴったりだったから、たぶん全米批評家協会賞の審査委員にも好評だったのだろう。

 

私としては、岡田将生のほうが難しい役を頑張って演じていたように思えたが。ちなみに岡田将生も、ものすごくイケメンなのだが、演技者としては好ましく思っている。情けない男の役であろうが、自分を悪く見せる役であろうが、どんな役でも演じようとする姿勢に好感を持つ。

 

映画には、村上春樹の原作にはない部分で、残念に思えた箇所もいくつかあった。完璧な映画なんてものは存在しないので、そこは眼をつむりたい。とにかくいえることは、よい映画であったということ。監督とスタッフ、役者さんたちを称賛したい。